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3月24日(土) 「君は恵まれている」    by ハルカゼ

ハルカゼにとって、今日は一ヶ月ぶりの高木先生の指導。
第一土曜日の3/3は私用で、第二は先生が恒例の大阪指導、
そして先週は親類の結婚式前日の打ち合わせで、三週間ご無沙汰となった。

指導の冒頭に、先週行われた山形支部での初稽古の話題があがり、
近々、支部開設を控えた身としては、わが身に置き換えて色々と思いを馳せる。

実技の指導だが、今日は劈法(ピーファー)、炮拳(ほうけん)の身法、立禅の腰の据え方など等、盛りだくさんの内容だった。

劈法は太気・意拳の修行者以外には耳慣れない言葉だろう。
これは言ってみれば、意拳版の手刀打ちである。矛盾力の概念に基づき、独特の身法で打つ。

余談だが、一時期は私もこれを熱心に稽古していたのだが、
ここ2年くらいは時々思い出した時にやる程度だった(=サボっていた)ため、
バンバン打っていたら稽古後、異様な疲れを覚えて閉口した。

普段あまり使わない筋肉を刺激したゆえか。帰りはモチロン焼肉に直行だ。
まだまだ身体の練りが甘いなあ・・・。

炮拳の縦回転、そして立禅の腰の据え方と一人稽古の課題満載。
この辺は、最近自分の中で課題と言うか再確認を開始しはじめた内容であっただけに、嬉しい話だ。

一通り終わった後、いつも通り推手で先生に蹂躙された広背筋の辛さはヒトシオ。
稽古の〆に這をやる間、手を上げているのが半端じゃなく辛かった。

それでもいつも思うのだが、私はこれまで(そしてこれからも)本当に恵まれていたのだと実感している。
先生はまだまだお元気で間近にその動きを拝見できるし、時には胸を貸して頂けるのだから。

帰りの車中で、カレンバッハ先生が佐藤嘉道先生に語ったという言葉「君は恵まれている」
を何度も心の中で呟いた。

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3月10日(土) 出来ること・出来ないこと    by ハルカゼ

今日は先生が大阪で指導される第二土曜。本日の代稽古は、後目録であるTさん。

かねがね書いている通り、高段者の代稽古となる第二土曜は、自分の太気拳の捉えかたに幅を付けるいい機会である。

Tさんの指導の核は、扶按(フアン)試力と神亀出水(シンキシュッスイ)試力。
これはハルカゼが知る限り、毎回同じである。
違うのは、発信する側(Tさん)と受け手である我々の目線がその時々で変わってくる、ということ。

我々は我々でTさんはTさんで、月日を重ねるごとにレベルも、そして受取り方も変わって来るということだ。

試力は力の方向性がいくつもあり、初めて取り組む者には難しい。
前月入塾のSさんが苦戦されていたので、一緒にやることになった。

言葉で説明しながら動きを見せるのだが、言葉が動きに追いつかず、私が苦戦。

太気の、と言うか武術の動きは同時にいくつもの方向の運動線があって、
要素を厳密に言葉で説明することは出来ない。
それをやろうとした瞬間に、大切なモノがこぼれ落ちる。

試力の後は腕回し練りを3種類。
ここでも聡明なSさんは分からない、という自覚があるのか戸惑い気味の表情。

だが、小生「出来ないという自覚」が進歩に繋がると思っている。

それが「アキラメ」になってしまわなければ良いわけで、
出来ていない事を「出来ている」ことにしていては何年経っても進歩しない。

Tさんの動きは、この「出来ていない」と「出来ている」の狭間を、
何度も行ったり来たりして作り上げられたもので、見て出来れば誰も苦労はしない。

昨年の合宿以降気づくところが多々あったようで、
Tさん自身の動きはさらに進化しているのが見て取れた。
まさに、澤井先生のいう「器を作る」ということであろう。

終了後、Oさんから推手を申し込まれる。
この人も熱心な塾生で、いつも黙々と基本の稽古を繰り返している。
推手をやっていて、それがどんどん実を結んでいるのが分かった。

ワシも負けていられないなぁ。

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3月5日(月) 新支部設立!    by ハルカゼ

ここでちょっとお知らせです。

すでにHPのトップを飾っている通り、来る3月18日(日)、新庄支部が山形県に産声を上げます。

支部長はハルカゼの畏友でもある不自由氏。
某フルコン空手で指導員の経験もあり、武道の指導は得意中の得意。

恵まれた体格と身体能力、そして武道への熱い想い。
武道の才に加えて、大らかで明るい豪快な人柄は、
みちのくの地に太気を伝える指導者としてうってつけです(詳しくはHP『みちのく太気晩成』参照)。

みちのくの地で武道を始めようという方、
あるいは自分の武道の扉をもっと大きく開いてみたい方、
楽しく身体を動かしたい方、
どうぞ新庄支部の門を叩いてみて下さい。

それと、もうひとつ。
自分で紹介するのも気が引けるのですが、不肖・ハルカゼも栃木県小山市内にて支部を開設させて頂くことになりました。

立派な先輩方がいらっしゃる中で、浅学菲才を省みず指導者の端くれとして至誠塾の看板を掲げ、
下野の地に城を構えることとなりました。

これまで同様、先生のご指導を仰ぎ、HPでの執筆も継続いたしますが、
修行の足跡に新たなる1ページが付け加えられたことをお伝えいたします。

皆様、今後ともよろしくお願いいたします。

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2月24日(土) 技を潰す    by ハルカゼ

今日も多くの塾生が集まり、盛況の柴又本部道場。
3月よりスタートする山形県新庄支部の代表者である不自由氏も遠路はるばる参加。

相変わらずでかい。存在感がある。
俺より若いけど、頼れる兄貴って感じだぜ。

小生、常々「兄貴力」こそが指導者としての必須項目だと思っている。

山形の太気ファン(?)の皆さん、
このバタ弐段、兄貴力は十二分だぜ!
不自由氏の元で漢を磨け!!

さてさて、本日のテーマも先週に引続き炮拳(ほうけん)。

前回と同じく前への打込みを行った後、下がり打ち、そして前進後退の組み合わせで打つ練習を行い、相対練習へ。

炮拳のような突き上げる打込みは、技を受けようとすると勢いにおされる上に、
慌てると反応を利して変化される危険性がある。

ではどうするのか。
空間を支配して技を潰すのが、得策とのこと。
そんな説明とともに相手をつけてする先生。おお!なるほど!!

極自然で、何気ない動き。動き自体は誰でも出来るモノ。

でもそれを自由組手の中でやろうとすれば、
相手の変化と動線を瞬間的に見切る「観の目」が出来ていないと、成立しない動きである。

澤井先生が「技なんて3ヶ月あれば出来る」ということをおっしゃったと聞くが、
技の動作自体は大して難しくは無い。

極意技や奥義を知っているから有利、ということはない。
漫画ではないのだから。

じゃんけんなら、誰が出してもチョキはグーに、グーはパーに、そしてパーはチョキに勝てないことになっている。

しかし、拳法ではチョキを包み込むパーもあるし、グーを断ち切るチョキもある、という事が常識なのである。
大切なのは功夫だ。「業師、業に溺れる」の愚は冒したくない処だ。

ハルカゼ的には澤井先生の麻雀(『太気拳で挑む』など参照)のように、
相手を土俵の土ごと、根こそぎかっぱぐような気合で組手をしたい。

ひとしきり動いて、掌打・推手と進み、這で終了。

先生、何かヒラメイタのか、這をやりながら「身体能力と太気の練法」について一考察を述べる。
これがまた、意表をついていて“目からウロコ”でございました。

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2月17日(土) 祝・七段教士誕生!!    by ハルカゼ

皆さん、ここでおめでたいお知らせがあります。

過日、我々の師匠である至誠塾塾長・高木康嗣先生が、
太気拳代表である佐藤嘉道先生より太気至誠拳法七段教士に認定されました。

ご存知の方も多いかと思いますが、つまり、太気拳宗師・澤井健一先生亡き後、初の七段位の誕生ということになります。

現役で太気至誠拳法の指導に当たる先生方では
佐藤嘉道・岩間統正両師範と、オランダ在住のカレンバッハ師範の三名しか居なかったのが、
この太気拳七段教士です。
いわば、別格の存在、と申し上げて良いかと思います。

「段は人がつけるもの、実力は自分でつけるもの」などと言いますが、
太気の伝説となっておられる佐藤先生に七段に推挙されることが、
如何に凄いことかわかって頂けようかというものではありませんか。

佐藤先生のお住まいに近い小山に住むハルカゼ、
実は高木先生が昇段の免状を授与された日の夕方別件でお会いしたのですが、いつも以上のオーラを感じました。

それでもご自分の昇段のお話は一言もなさらず、
専ら私の用事を気遣ってくださる姿に感動したことも付け加えておきます。

おかげで抜け駆けで免状拝見させて頂く計画を失念してしまい、失礼した後、ホゾをかんだワタクシメでございました。

小生のことはさておき、4月に先生の昇段を祝して宴が持たれるとのことです。
みなさん!昨年の合宿同様、これは親を殺してでも出るべきですぜ!

え?なになに?親を殺さなくていいように、休日に開催ですか。
こりゃまた、失礼しました。

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2月17日(土) 炮拳(ほうけん)    by ハルカゼ

7年間近く太気を学んでいて初めて稽古した技がある。
それが今日の稽古のテーマである炮拳(ほうけん)だ。

もっとも、今まで稽古しなかったわけではない。
厳密には「ハルカゼの知りうる限り、今回初めて団体稽古でメインテーマになった」とするのが正しいだろう。

この日誌、たまには外部の方も見て下さっているようなので(アタリマエか)、誤解を生む発言は要注意だ。

それはともかく、この炮拳、何度も実演とともにやり方は習っている。

歩法と手法・身法を組み合わせた動きの例として出てきたことが多かった、
という印象なのだが、小生が好きな動きの一つだ。

体の伸縮を利して踏み込み、歩に拳を一致させて一気に上段に打込む。
もう一方の手は防御のカタチを取る。

形意拳の郭雲深先生の得意技であったとか。
いや、それは崩拳でしょ、
という人も居るが、打拳の位置が異なるだけで、本質は同じだ(と思う)。

「とにかくやってみましょう!」ということで、道場のタテを存分に使って、走歩での移動稽古をじっくり行う。

大味な技法のようだが、気・拳・体の一致を練るにはもってこいだ。
これは今後、もっと練り上げる必要のある技法であると感じた。

なにしろ、小細工無しにバッ!と入ってゆくのが心の琴線に触れる。

我々が稽古しているのは“太気”至誠(太気“至誠”)拳法である。

常々その名に相応しい、衒いのないシンプルな大技で極めたいものだと思っているが、
炮拳に関しては、これぞ太気らしい技の一つではないだろうか、と勝手に納得している。

シンプルな大技、しかも全身の力を一致させて前進するだけに、自分が逆の立場だったら、防ぐのは大変だなあ。

とは言え今までの先生の指導の【傾向と対策】(あるんかい!?)から推察すると、次回以降にそこに話が行くはず。

まあ、それは次週以降のお楽しみとして、まずは“ねり練り”するしかありまへん。

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2月10日(土) 正しい稽古    by ハルカゼ

指導する、ということは大変なことだ。
特に太気は高木先生がそうであるように、自分が率先垂範で動きを示しながら、ということになるだけに尚更だ。

今日は第二土曜、ということで古参の塾生による代稽古。
今回の担当は少年部で空手の指導のメインも務めるUさん。
空手指導とのダブルヘッダーはいつもながら大変なことと思う。

Uさん、最近の先生の指導に準じて今回も歩法を入れた動きを多く行った。
それから、約束組手的な対人練習が半分。

歩法+打拳、歩法による位置取り、蹴りの間合いの潰し方など、いつもながらテンポ良く明快な説明が続く。

Uさんの指導の時は少年部で世話になっている娘も途中参加。
娘もナントカついて行こうとするが、難しさゆえギブアップ。

娘は立禅・這や揺(ゆり)といった太気の基本をやっていないだけに、歩法を多く含む稽古にはついて行けないようだ。

当たり前の話だが、基本をやり込まないと歩法も身法も無い。
ましてや見事な組手などは、あり得ない。

Uさんに限らず、実力のある人は基本がキチンとしている。
上級者だから基本はスルー、ではなくて驚くほど丁寧に基本を稽古している。

ツマラナイかも知れないが、結局それが一番の近道なのだと私も思う。

最近、感銘を受けた言葉がある。
孫引きにて恐縮だが『百歳までの剣道』(岡村忠典著・体育とスポーツ出版社)より
茨城県の大祢一郎剣道範士のお言葉を紹介したい。

「稽古は正しい稽古をする。正しい稽古の根本は正しい姿、正しい形、正しい心を持つことです。
インチキしてでも勝とうなんて論外です。そんな稽古を何べんやってもだめ。
つまり速成で上手になろうと思うことがいかんのよ。
上手にならなくてもいいから稽古するという、へりくだった気持で稽古していれば、いつの間にか上手になる」

97歳で亡くなる前年まで稽古に精進された大先輩の言葉を、我々は重々噛み締めて稽古に臨むべきである。

いつのまにか上手になれる、という稽古をして行きたいものだと思う。

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2月1日(木) ショートスリーパー    by ハルカゼ

今日は趣向を変えて、少し脱線させて頂きます。

先日、職場のPCに高木先生からのメールを受信。
題は「ショートスリーパー」。んん?何だそりゃ?
締め技の名前かと思いつつ見たら、ウィキペディアの見出し用語のお話。

ショートスリーパーとは、短い睡眠時間で健康を保っていられる人間を指して言うそうで、
その典型例として先生の執筆された『太気拳で挑む』(福昌堂)で澤井先生の短眠について述べた一節が掲載されていたのだ。

是非は別として、ハルカゼも基本的に平日の睡眠は短い。
小生の体験交えた短眠談義を。

高校時代に読んだ『わが柔道』で不世出の柔道家・木村政彦先生が
「一日五時間以上の睡眠は惰眠である」と喝破されていたのに影響を受け、
就寝:22:00〜23:00、起床:3:00という生活を三年間送りました。

色々な本やHPで短眠を実践する方法が紹介されているが、
どれも少食と咀嚼を短眠の大原則として挙げている。

少食が短眠生活作りに効くというのは、実践したからよくわかる。
玄米菜食・少食、そしてよく咀嚼を一時期実践した。
これは本当に効く。目覚めも良いし疲れない。
しかし止めた。

それは神経が繊細になり過ぎること、
そして戦いや鍛錬に向かう気迫が肉を食べていた頃に比べると明らかに落ちたことによる。
これでは武術家、特に若い人間には向かない。

で、色々試した結果次の5つが残った。

☆ガンガン労働・稽古して、好きなものを食べる
☆昼食後15分の昼寝
☆睡眠前に論理的思考をあまりしない
☆睡眠前のストレッチ・調息
☆寝床で放鬆し、濡れ手拭のごとく布団にべっとりはり付くイメージを持つ

因みにハルカゼの場合、30分の調息か太気の這が心地よい眠りをもたらす。

ポイントは、陰陽のバランスである。
緊張と弛緩、活動(鍛錬)と休息、集中と拡散、などなど、すべての事に陰陽のバランスというものがある。
ある状態は、その反対の状態の存在を無視しては存在し得ない。

一日の生活で言えば、行動に集中することが眠りの密度をも上げ、
結果、短眠にもなり得るということでは無いだろうか。
良質な活動が良質な休息をもたらす。

澤井先生の場合も起きている時間を真剣に生きておられたがゆえに、
集中した眠りが可能となっているのだと、私は信じている。

活動(陽)だけでも、また眠り(陰)だけでも片手落ちだ。
あくまで、本能の活動に沿ったバランス取れた生活が基本。
太気拳同様、自然な反応、行動、バランスが必須である。

それを無視した頭で考えた無理な短眠は、組手でのメクラ打ち同様、自滅を招く。

というわけで、頭で考えた意図的な短眠は捨てた。
一日の稼働時間が長いのは相変わらず
であるが・・・。

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1月20日(土) 立禅に奥義あり - その2    by ハルカゼ

2週間ぶりの先生の指導。
忘年組手が終わってから色々と考えたこと、気づいたことがあったとのこと。

結論はとしては念頭に言われた今年の標語の通り「立禅に奥義あり」ということになるのだが、
どのようにすれば立禅で得たものを組手にフィードバックするか、というのが肝心だ。

それは、この一年間折に触れて語られることになるのだろうが、
今回の指導では馬場では通称「殿(との)」と呼ばれているUさんの実力の秘密の一端について解説。

「殿」は50代半ばで一流企業のお偉いさん。
当然、平日の稽古は仕事の合間を縫って、ということになる。
それでも東京で稽古しているメンバーの最高実力者の一人。

ハルカゼの場合も仕事の合間を縫っての稽古だが、
仕事の重圧・拘束時間が違う、というのは想像に難くない。
その強さの秘密とは?

先生曰く「Uさんの人(陣)を割って入るのは難しいですよ!」とのこと。
そしてまた一言。
「いわゆる、球際(たまぎわ)に強い、という人間は澤井先生にはなれませんよ」

ん?そりゃどういうこと?と首をかしげる我々に、
澤井先生と某有名空手家の組手の話を例にとって“球際組手”と澤井先生の違いを話す。

おお!!そういうことですか!こりゃ、いい話を聞きました♪ 先生のお話にはこんなお宝が隠れています。

「学びて思わざれば則ち罔(くら)し。思いて学ばざれば則ち殆(あやう)し」(論語・為政篇)ということで、
学んでも実行に移さねば無意味ですが、きちんと学ばずに自己流で稽古するだけでは行く末が危ういもんです。

残念ながらお宝は、稽古に来た人だけがGET出来るものです。
寒いですが頑張って稽古に出席いたしましょう。

そうそう、今日も新入塾生が一名。
ジムでインストラクターをなさっているというSさん。
稽古終了後も習いたての這(これがサマになっている!)を熱心にやっていました。

今日も大いに触発された一日でした♪

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1月13日(土) 自分の器    by ハルカゼ

娘が風邪気味なので、練習前に大沢食堂のカレーと餃子を家族で食した。

風邪引いたら、ハルカゼはここのカレーと餃子で治す。
これは十年以上に亘る習慣である。

ちょっと昼寝して、いつも通り少年部、そして太気の稽古。

今週の指導は、先般「練士」となられたYさん。
いつもニコニコして大らかな人柄だが指導の際は表情を変えずに数稽古を課す、素敵な先輩だ。

立禅の基本を丁寧に解説し、打拳に移る。

腕で打込むように見える打拳も、腕の動きは抑えて、
いかに体全体で基本で練った動きを表現するかが、カギということを強調。

それから打拳・掌打に歩法をつけて全員で延々と移動稽古。
Yさん自身も移動に参加してその大きな身体を十分使って打拳を練る。

いいチャンスなので、時々真横に並んで稽古。
大きい人間の歩幅や動きの呼吸を感じ取ろうというわけだ。

やはり我々とは違うリズムがあり、相手のペースで組手をやってしまったら駄目だな、ということを感じた。

動ける大男の前に立ったら、「自分の器」を作っていかないと身を全うできない。

まして太気拳の練士ともなれば、大きかろうが小さかろうが、
その身体を活かしきることを心得ているだろう。
また、課題が見つかった。

いつもより長めの相対練習のあと、いつもより長めに這をやって終了。

稽古の後、着替えていると戦う総務部長Uさんに年末の組手をお褒め頂く。
「崩れないね」とのこと。これは素直に嬉しかった。

もっと嬉しいことに、全体的にレベルアップして来ているように感じる。
周囲が上がって来れば、モチロン自分にも波及してくるに違いない。

先生も、今年は昨年以上に指導に力が入っている。
課題はたくさんあるが、基本に立ち返り、「自分の器」を作って行きたい。

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1月6日(土) 立禅に奥義あり    by ハルカゼ

みなさん、明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします!

今日は柴又にて2007年の初稽古。松の内にもかかわらず多数の塾生が参加した。

年頭に当たって先生の挨拶。まず、HPにもあるように山形支部設立のお話。
そして今後太気人口が拡大して行くであろうことを見据えて、
皆が指導者として恥ずかしくない力を付けられるようより指導を充実させて行く、といったお話があった。

今年の標語は「人・仁・陣、立禅に奥義あり」。

新年初稽古はこの標語の通り原点に還って、太気拳の大基本である立禅、
そしてそこから紡ぎ出される動きや力といったものを再度見直す内容となった。

平歩・丁八歩での立禅で陣とバランスの確認、力の出し方や掌打の際の注意点など、
出来ているつもりでも結構出来ていない、隙間がある、ということを再認識した。

先生のご著書『太気拳で挑む』(福昌堂)にもある通り、
いかなる段階にいたっても寸分も狂いなく中心に立っている、ということはないのかも知れない。

ただ、この狂いが小さい方が勝ちを収める確率が高い、
ということになれば、我々太気拳を志すものは一生この課題に取り組むということなのだろう。

入塾して6年半が経過し、当初とはものの見え方や考え方が変ってきている。
いやいや、一年前と比べても変わっていると思う。
物事はその時々の目線でしか捉えられないから、同じ言葉をどう受け取り、血肉とするかは各人の器量にかかっている。

太気の原点に迫る今日の指導。以前から、
「小手先ではなく格の違いを見せて勝てる境地を目指せ」とおっしゃっていた先生の意気を改めて感じた。

立禅に奥義あり。
皆さん、今年もともに歩んで行きましょう!

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