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6月30日(日) 至福のとき    by ハルカゼ

土曜の朝起きたら首に違和感。段々痛みが増す。
格闘技者にとって、首は命取りになりかねない部位だけに、東京のとある鍼灸院へ。
評判の良いところだけに、何とか痛みと違和感を取り除いてくれた。
見立ての結果、何と冷えが原因だそうな。

会社のクーラーを修理したら、急に効くようになったせいで直撃ゾーンに座る小生、被害こうむったというわけ。

で、行くか戻るか悩んだ。
「気血の流れを整えましたが、重労働や激しい運動、徹夜などをしたら元の木阿弥です。ボリュームある食事も厳禁です」
との鍼灸師のお達しがあったのだ。

結局、推手をお休みする事・稽古はマイペースでやることを自分と約束し、柴又へ。

で、いきなり二人がかりで首を持たれたのを引き抜く稽古。
げ!USさんとYさんの最巨漢と組み合わせだ。
おおおおおおおお!二人とも楽に180センチあるし、充分に鍛えた筋骨を持つつわもの。
ひ〜ひ〜言いながらなんとかこなす。

その後、支点変換・抜重と続く。
「勝新の抜刀術!」と言いながら見せていただいた動きは、これがまたトンでもなく柔らかい。

抜重は足の抜きによる瞬間の変化。
これは最近の身体論ブームの中で取り上げられることが多い動きだが、
高木先生のように攻防の技との連動が自在なのは、余りお目に掛からない。

そして揺の前後変換を生み出す操作、腕回し、と太気の急所を惜しげもなく披露頂いた。
いやいや、改めて至誠塾で太気拳を学んで来て良かったです。

しかし、蒸し返すけどさ、高木先生をインチキ太気とか言っている奴な、
あんた今度自分で看板上げて講習会でもやると良いよ。
高木先生が遠く及ばない位凄いもの持っているなら、いろんな人が習いに行くから、成功間違いなし!
勿論、俺も勉強させてもらうよ、うん♪

おっと、話が逸れてしまったぜ。
とにかく、至福のときでした。
鍼灸師の言葉にそむいてきた甲斐がありましたぜ!

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6月16日(土) 持ってけ泥棒    by ハルカゼ

高木先生の稽古はいつもお宝満載なのだが、
この日の稽古は「ごっつぁんです!」としか言いようの無いものであった。

先月先生の指導を受けた大阪支部の皆さんの個人ブログや、ナニワ拳法道の寄稿文には、
「もってけ泥棒」とまで書いてあるので、もう、本当に楽しみにしていたのだが、
予想以上に得るものが多かった。

二人組みでの力の出し方の稽古から入ったのだが、自分ひとりで検証するために公園へ行くことになった。
ぞろぞろと公園に向かう運動着姿の大人たち。
さっそく先生が動きを示し、それを遊具や立木を使って各自検証する。

合間に先生よりの注意点の説明や示技が入る。
推手を例にとり力の発し方・伝え方を説明されるのだが、
お相手を務めさせて頂き、自分がなぜやられるか体験させてもらった。

とは言え、ナニワ拳法道で何方かが言われていた通り、
先生の動きを解く糸口のほんの一端である。
あの動きを引き出す為に立禅をはじめとする様々な稽古があるのだが、
題材を与えられることで基本稽古へのモチベーションが違ってくる。

立禅や揺で内包される力や体重移動の表現なのだが、
これがまたどの方向からどんな力が出るか分からないという代物。
気づいたら崩されるために、反応が後手後手になってしまう。

先生いわく「おなじ事をやるのなら、なるべく力を使わない、そして動きを見せないのが武術なのです」

小山支部の生徒は、未だ推手も始めていないので、
この辺の話は来月以降なのだが、それまでに私がキチンと咀嚼しておくか。

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6月11日(月) アルゼンチンのこども    by ボン

ふと気がつくと2ヶ月ぶりの日誌投稿。
こんにちは。練習相手も生徒もおらず、マイアミで一人でくねるボンです。

先週は以前駐在していたテネシー州の事業所、
そしてとんぼ帰りでアルゼンチンの代理店と、出張続き。
しかも出先では毎日飲み会となり、練習もろくにできない毎日でした。

そんな訳でアルゼンチンからの帰りの飛行機(日曜の夜)の中では、
空いたスペースでさりげなく立禅したり、席でさりげなく小さく試力したりと、合間を見て少し練習する。
空きスペースから席に戻る際、通路を挟んで隣に座っていた同僚から、
「おい、ボン。この子、空手の緑帯だとさ」と声が掛かる。

同僚の隣を見ると、可愛らしい女の子が座って手を振っている。
12歳のアルゼンチン人で、夏休みを利用して家族でディズニーワールドへ遊びに行くとの由。
話し方といい、英語の達者さ加減といい、中々に頭の良い子と分かる。
「ケンポーってどうやるの?」
と聞いてくるので、太気拳の構えなどを少し見せてみる。

「ねえ、ボン。クラスメートをぶん殴る時って、どうやるの?」
と、縦拳と横拳、どっちが良いか、を席に座りながら動作を見せるその顔は、子供のニコヤカさに溢れている。

うーん、キミィ、オモシロいこと聞くねえ。中々良いキャラたよお。

俄然スイッチが入ったボン。
「相手が何もせず立ってるならどっちでも構わない。打てばOK。が、防御の構えを取ってるなら、こうして手を落としてから」と、
得意の「手を取ってからの掌連打」を、縦と横の両方で見せる。

喜ぶ顔がこれまた無邪気で楽しくなり、請われるままに打拳の連打、
「顔は前手で防御しながら、後ろ手をスッと伸ばして打つと、攻防一体になるんだ」と、
通路で色々やって見せる。

ふと周囲を見ると、かなりの視線を感じるが気にしない。
こちとらスイッチ入ってるんでい、てやんでい!

マイアミ空港に着いて、挨拶して別れました。
この子がマイアミにいるんなら、子供教室で教えてあげても構わないな、と思いました。
うーむ、子供をロハで教える(指導内容は検討要)ってのも、間口拡大で良いかも。

などと、翌日の月曜の夜、立禅しながら今後の展開に思いを馳せるのでありました。

追伸
タイトルはボンと同年代なら誰でも知ってる「♪アルゼンチンのこ〜ど〜も〜♪」から取ってます。
名前はAzul(スペイン語で青色)だったので、ボンの拙いスペイン語で、
「じゃあ、お母さんの名前は黄色か?」と聞いたら、大爆笑してました。

子供だねえ。

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6月11日(月) ゆるむな!    by ハルカゼ

退社後、自宅前のグランドで立禅〜探手まで済ませて帰宅すると、
嫁がやって来て「Kさん(=妹)が落ち込んでいるみたい」と一言。

聞いてみると、妹のHP読んで他人のちょっとした意地悪(or勘違い?)が原因で随分と悩んでしまったらしいことが書いてあったとか。
ふ〜ん。まあ、大したことではないし、落ち込めばいいんじゃないの?

妹夫婦は旦那が仕事を辞めて田舎に引越した。
かの地で木工学校に入学した義弟は青年失業家 木工職人見習い、
妹は地方新聞のお手伝いやヨガの先生としていわゆる“ス ローライフ”を送ることになった。
だがなー、若者のスローライフにはワシャちと疑問はさむで。

妹夫婦、今まで随分と多忙な毎日過ごしてきたのだから、しばらくはゆっくりしたらいい。
でもな、スローライフで元気失っているんじゃないか、っつうのが心配なんだな。
団塊の世代のリタイヤ夫婦じゃあるまいし。

んなことだから、他人の意地悪くらいで悩むんだよ。

義弟はともかく、妹は医者に
「本気で鍛えたら、素晴らしいアスリートになれる身体です。この豊かな筋量はなかなかないですよ。」と言われる素質がある。
それがだな、玄米菜食とかヨガやっていたら、錆付いちゃうだろ?

兄ちゃん達(ワシと弟)が元気なのはだな、
働いて鍛錬して、怒るときは本気で怒って、お姉ちゃんが大好きで、んでもって肉を良く食べるからだ!
そりゃ、たまに暇つぶしに4〜5時間寝たりはするけどな。
わしらスローライフ送ったら、すぐ老け込んじゃうぜ。
兄ちゃんが動かなかったりゆっくり歩いたりするのは、発力するためじゃい!

まあ、玄米菜食やヨガのおかげでアレルギーやらは良くなったのだが、治ったら、病人食はやめた方がいい。

使い過ぎや鍛えすぎで疲れた心身であれば、それもまた良いが、それは癒し。
癒しはあくまで癒しであって、そこに留まったら駄目だろ。
何のために癒す?明日への活力を生む為だろ?

確かに大競争時代とか格差社会とか言われて、疲れきった人も居るだろうけど、
人間の心身もパンツのゴムと一緒で緩め伸ばしすぎたら、伸び切って縮めないだろ。
緩みきったパンツのゴムなど役に立たんよ。緩急のバランスが大切だ。

まあこれは大競争格差社会推進派にも言えることだがな。
手前ら社会を良くしようと思っていねえだろ。
日本を地盤沈下させるニートや永久非熟練低賃金労働者をかばうつもりはさらさらないが、
何のために格差作りたいんだお前らは。

おっと、話が逸れたぜ。

ワシに言わせりゃ、太気拳と同じで適度に発力したら放鬆出来るのがいい社会だ。
うちの妹に必要なのは玄米菜食・ヨガではなくって、焼肉と筋力運動だと思う。

明治・大正・昭和を通じて、強健法の分野では無双の存在として知られる肥田春充先生は、
玄米菜食と小食をモットーとされたが、時々、肉を含めた信じられない量の食事を摂られ、
「時にこうやってあげないと、胃腸が弱くなる」とうそぶかれたとか。

も一度言うけど、放鬆は発力のためにあるんだよ。
わかった?

鉄太郎放談武録・至誠通天(太気拳至誠塾小山支部非公式ブログ)より抜粋http://plaza.rakuten.co.jp/tetsutarou/diary/200706110000/

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6月9日(土) 身体をまとめる    by ハルカゼ

例によって第二週につき、先生は大阪へ行かれている。
今日の代稽古はUKさん。

代稽古も毎回楽しみなのだが、
明日は小山支部に“新弟子希望者”(って相撲かい?)を迎えるハルカゼ、
稽古ネタ仕込み、そして、UKさんがどんな風に伝えたいことを表現するのか、と言うことに興味津々。

テーマは前腕での差し手。
基本的には顔面への直突きに使用される技だが、稽古では前腕で顔面をカバーしながら、ぶちかまし合う。

基本の真っ直ぐに力を出し合う当たり、摺り上げからの崩し、
そして最後は軽く崩して掌打で決める動きの3種類を稽古。
あくまで基本の正面からの当たりが出来ていることが、全ての動きの大前提。

UKさんは当たる瞬間に身体をまとめることを強調される。
UKさんと掌打合わせや組手を行うと、小柄な身体からはちょっと意外な重みがある。

空手の指導者でもあるUKさんは時々「100キロくらいの相手なら、時々やるけど大抵あまり大きいと感じないですよ」と言う。
これはこの“身体のまとめ”があるゆえに、まとめ切れていない大男はあまり気にならない、という意味であろう。

一通り差し手を稽古した後は、
柴又の稽古では2年ぶりくらいの、久しぶりの単推手。
これは駆け出しの頃、ブラジルの福島支部長に随分しごかれた
“思い出の一品”。

最近、ワシより先に弟子を作って調子くれてる嫁をこれで
「キャン!」言わせてやったぜ。

 

結局、UKさんの稽古、面白いので夢中になったハルカゼ。
明日の新弟子指導の為のネタ仕込はすっかり忘れてしまったのであった。
押忍!

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6月2日(土) お宝満載!    by ハルカゼ

すでに“塾生のひとり言”で書かれているのだが、
マジで2日(土)の塾長稽古はお宝満載なのであった♪

テーマを端的に言うと、「力の蓄え方(養い方)と発し方」というところだろうか。
色々な要素が包含されており、一言で端的に言い表すのは不可能だが、私が感じたのはこの二点。

では、武術に必須の力はどのように養うか。勿体無いけど、書いてみる。
でも、読んでいる人には悪いが、読んだだけでは出来ない。
読んだだけで出来たよ、というのであれば、それは現時点でそのレベルに達しているのだから、そら結構なことです。
で、先生のお話。

巷間よく言われるように、武術に必要な力は足腰と体幹部より生み出される。
ニュートラルな正しい姿勢で立禅を行えば、体幹部の筋肉や内臓が力を得る。
足腰はニュートラルな姿勢を支え、重みを受ける。

要約すればこれだけのことだ。
「ふ〜ん。んなこと知っているわい!」っていう人は多いだろうし、指導する武道家も多い。
口先で語るのは誰だって出来る。
しかし、それを言う武道家が“力持ち”でなかったら、その技はウソである(あるいは超達人である)。

実際、高木先生の力は尋常ではない。
不肖ハルカゼも力持ちの方だが、推手の時など、本当に根こそぎ持って行かれる。
足も腕も背中も俺の方が厚いはずだが。

体幹部の次は手の構え。これも禅の陣(人)が基本。
力まず受けられる形とは、一般の格闘技で見られる腕を畳んだ状態ではない。

ということ踏まえて、回し蹴りの受け、前方発力、片手発力、
そしてこれらに歩法をつけた稽古をたっぷりやった。
翌日背中が痛かったのは言うまでもない。

我が家に李見宇先生のDVDがあるのだが、老齢で小柄なのにもかかわらず発力を連発するわ、
大柄な外人を半回転させるわで、お元気なことにはびっくりする。
これ見ると、老後に希望が持てるぞい。あのじーちゃんの秘密が分かったぜ。

正しい稽古を長年積み重ねたものだけが手に出来る、お宝である。

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5月26日(土) 動きの本質 〜 一芸は万芸に通ず    by ハルカゼ

先生の指導のパターンは幾つかあり、ひたすら同じことを繰り返すときと、
一つのことから派生して色々なことに言及するときとがある。

今回の稽古は後者のパターン。
先週やった、添え手打拳(掌打)とでも呼ぶべき攻防一体の動き、
立禅の陣から構えへの展開、スタンスの取り方、腕回し・・・、
と実に盛りだくさん。

一つの事柄をきっかけにして、ドミノ倒しのように話の場面が展開する。

すべての事柄が連関しているのだが、個人的に印象に残ったのは、
大相撲の豊真将の足運びと腰の備えを題材にしたスタンスの取り方の話。
豊真将の強さと、その裏に潜む弱点を、
夏場所のモンゴル勢との取り組みで見て取った、という話。

剛直な取り口で期待を集め、ハルカゼも大好きな豊真将だが、
「今のままでは絶対に横綱にはなれない」とのこと。
これは、当たり前だが、先生が豊真将を土俵に這わせることが出来る、ということではない。
動きの理、についてである。

時々、先生はこの手の話をされるのだが、それが一つ一つ理に適っていて驚かされる。

これは、高木先生自身の個人的な洞察力はモチロンのこと、
太気が如何に本質を突いた武術であるか、ということの証左であるとも言える。

本質を突いている、とは動きに必然性がある、という言い換えも出来ると思う。
これはいわばルールに則って勝敗を決めるためにアタマで作り出した動きではない、ということだ。

個人がアタマで捻り出した理屈ではなく、武術であれば、この場合こう動くしかない、
という必然性に則った動きを、カラダが自然に選択して紡ぎ出す。
その“自然に”がいつ・誰が相手でも出来るのならば、もはや誰にも負けることはないのだろう。

モチロン、神ならぬ人間ゆえ完璧はないとしても、
きっと澤井先生が到達されていたのはこのような世界だったのだと思う。
そして、そうなれば一芸は万芸に通じ、枝葉の技能は別として、別の分野のことについても本質は“分かる”ことが出来るのだ。

それはそうと、先生のお話を豊真将に伝える手段、ないっすかね?
マショーには、絶対に上に上がってもらいたいんですが・・・。

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5月20日(日) エネルギー保存の法則    by ハルカゼ

例年みどりの日に実施している澤井先生の墓参だが、今年はちょっと遅めで本日実施。

小生ハルカゼは昨年二回行ったこと、
小山支部のブログで次週稽古日程として伝えてしまっていたこともあり、今年はお休みさせて頂いた。

体験希望者も居ないため一人で二時間半ほど稽古。
娘と手打ち蕎麦に行ってくつろいでいら、用事で出かけた家内より「用事済んだので墓参の打ち上げに合流する」との連絡が。

これは行くしかない。湘南新宿ラインで一路池袋へ。
娘と会場に到着した時には、すでにかなり盛り上がっており、早速話の輪の中へ。

お!富山の破戒僧・性海さんが居るではないですか!
ブログを急に閉鎖したので心配していたら、相変わらずエネルギッシュな生臭坊主さんだったので一安心。

「いやあ、悟りを開くべく修行に励んでいるのですが、相変わらず煩悩が・・・」と言いかけた性海さんを遮り、
「良いんです!!巨大な煩悩を持つ、ということはエネルギーがある裏返しなのだから!」と自説をぶった。

「え!?そうでしょうか?」
「そうですよ!元々欲もエネルギーも無い奴が悟ったって、それが何になるんですか!?」とダメ押し。
そこで高木先生が「おお!そう、そうなんだよ!いいこと言うねえ」とさらにダメ押し。

そう、人間の在りようにも“エネルギー保存の法則”はアテハマル。
たとえて言えばこうだ。

人間の持つエネルギーには次のような幾つかの形態がある。
煩悩エネルギー、行動エネルギー、武術的エネルギー、宗教的エネルギー・・・etc。
これらのエネルギーは相互に変換することが出来、そしてその形態は変わってもその総量は変化しない。

よって、もしかすると性海さんも、
いつか煩悩エネルギーを宗教的悟りに昇華する日が来るかも知れない。
来ないかも知れない。来なくても俺は知らない、なんちて。

そして、人間におけるエネルギー保存の話をもうひとつ。
高木先生が澤井先生の捌きを体験したときのお話。
「まるで抵抗感が無いけど、止められちゃう」そうだ。

「でもね、嘉道先生が私より数年前に触れたときは、カチッと止めたそうなんです。
きっと、その数年で澤井先生が変わってしまったんですね」と高木先生。

「で、どっちが上かといえばその数年後の雲のような澤井先生ですよ。
先生はいつも“歳を取ったら衰えるのではない。変わるんだ、っておっしゃっていました」

これなども、実は澤井先生は人間における“エネルギー保存の法則”を地で行った、と考えられると思う。
“変わる”ってところがミソで、荒武者だった嘉道先生をガッチリ受け止める“剛のエネルギー”がある澤井先生だったからこそ、
転じて“柔のエネルギー”を表現する事が出来たのではないだろうか?

これには異論もあろうと思うが、小生の中では定説である。
古今の達人伝説を紐解けば、鍛えないで“柔”のみで達人になった人間は殆ど居ない、と分かるはず。

皆、鍛えに鍛えて、そして最後はそんな自分を否定して絶技に到達している。
我々が追うべきは達人の姿ではなく、達人技に到達せしめた道程であろうと思う。

そんなことに思いを巡らせて飲んでいる我々の姿、
これも、澤井先生のエネルギーが形を変えて連綿と生き続けている、
と言えば“うぬぼれ”になるだろうか・・・。

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5月19日(土) 芋づる式    by ハルカゼ

改めて、太気は本当に良く出来た拳法だと思った。
すべての動きが禅を発展させているものであるがゆえに、一つ気づくと“芋づる式”だ。

何の事かと言うと、今日のテーマであった上段の受けプラス掌打で入る動き。
どの動きもそうなのだが、太気の技は、普段の基本で練り上げたあらゆる要素で成り立っている。
当たり前に思っていたが、今回は特に強くそれを感じた。

上肢の螺旋、両跨で作る停止力、体重移動、股関節の乗り換えなど、あらゆる要素が求められるのだが、
それら一つ一つは日常の禅・這・練で培われたもの。

これらの要素を満たして行くことで、最終的にどんな姿勢を取ろうとも、
その動きに力や方向性・変化が内包されるようになるのだと思う。

それにしても改めて思うのだが、先生の動きは凄い。
常に次の瞬間には爆発的な力を発する事の出来る姿勢でスイスイと動く。
なぜか軍手をはめて動かれるのだが、なんか手が変。どうも違和感を感じる。

近寄ってみると、何だ、軍手のラベルを手のひら部分に貼ってある。
なんでも、「速過ぎて、何がなんだかわからない!」という人が結構出たので、
発する瞬間に掌が返る、ということを見取ってもらうための策だとか。
さすが、弟子思いの高木先生。

さて、先生の解説を頭に置いて、
螺旋の力線と両跨の停止力、それを生み出す内転筋の働きなど意識していたら、
推手のときに今までにない感覚が芽生えた。
相手から手に掛けられた力を、体内のかなり奥で処理しているのだ。

これをもって実力の向上!というのでは勿論ないが、ひとつの足がかりになるかも知れない。

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5月12日(土) 芸事の「肝(きも)」    by ハルカゼ

稽古前に立禅を組んでいたら、Uさんが近づいてきて一言。
「僕はこれで失礼します。今日は先生いらっしゃらないんで、YさんとTさんが来なかったら、指導お願いします」

げ!?どっちか来るでしょ?
「いや、連絡してみたんですけどケータイがつながらないんですよ〜」そうっすか。
まあ、その時はその時っつう事で頑張ります。

ゆったり禅を組んで心を落ち着ける。
と、見慣れた縦長の人物が視界の端に映った。
Yさんの登場。これで安心。
柴又は、自分より先輩が何人かいるということもあり、「くるしゅう“ある”」のだ。

Yさんの指示で禅を解いて揺、そして体操をやったところで、Tさん登場につき選手交代。

Tさんは、必ず扶按試力・神亀出水試力をやる。
それはハルカゼが入熟したばかりのころから変わっていないはずだ。
Tさんにとっての“とっかかり”はきっとこの試力だったのであろう。

試力・練(ねり)・歩法・相対練習とテンポよく稽古が進む。
このTさんの指導日は盛りだくさんというか、太気の基本を総ざらいする稽古、
特に練りねりの動きが多く、Tさんにとっての「What is 太気拳?」が本当によく分かる、というか見える。

稽古終了後にT師範のご講話。題して「自分なりの太気拳を作る」。
立禅・這・練をきちんとやっていれば、そこから生まれるものは皆違ってよい、という“自分の器”を作る話し。

どんな器を作るか、それは稽古者自身の感性が答えを出してくれる。
自信をもって答えを出せる感性を育まねばならない。
そこが芸事の“肝”である。

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4月28日(土) また会う日まで    by ハルカゼ

春は出会いとともに別れの季節である。

柴又を中心に参加されている塾生のKさん、人事異動で転居となり、東京での稽古は今日が最後なのだとか。
ということで、先日後目録となったY氏の音頭で送別会を開くことに。

稽古は先生が祝賀会の都合で大阪支部の稽古に行かれているので、練士のYさんが指導。
先週の稽古を受けて相手に推進力を伝える発力と、打撃力を伝える発力の二つを稽古。

後半はいつも通り掌打合わせと推手。一通り終わった後は、
今日推手でKさんと組んでいない人を数名指名して皆の前で推手。

稽古前に「俺の十人組手で別れに花を添える」と息巻いていたS先輩は、なぜかその場になって沈黙してしまう。
相変わらず読めないお人だ。

稽古後、駅前の「養老乃瀧」で送別会。
このKさん、元々は大阪支部の方で、会社の人事異動に伴い東京に来られた。
今回の異動で大阪に戻られるのだから、いわば古巣に帰る格好なのだ。

大阪に○千万円かけてご自宅を新築された途端の転勤だったそうな。
「いつ帰れるか分からんぞ」と、上司に脅されて、
しばらくはしょんぼりしたみたいだが、
東京でも毎週稽古出来るということで機嫌をなおして元気にされていた。

確か入塾はハルカゼと大して変わらないはずだ。
東京に居たのが4年間ということで、太気拳歴の半分以上は東京だ。
大阪の皆さん、わしらにとっては“柴又の”Kさんですんで、そこんとこヨロシク!

Kさんの送別会なのに、なぜか恋多き中年・S先輩の“素敵な恋の終わり方”について大盛り上がりになってしまいました。
どーすんだよ、まったく。十人組手はどうした?

きっと、合宿などでまたお会いできますね。その節はよろしくお願いします。
Kさん、それではまた会う日まで!

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4月21日(土) 生涯現役    by ハルカゼ

身体トレーニングの話で始まった今日の稽古。

なんでも以前TVで寝たきりになるのを防ぐには、
というテーマで身体トレーニングについて取り上げていたのだとか。
キーになるのはやはり足腰の強さ。

普段トレーニングしていない人でも、腕力や背筋力は60歳になっても20代の7〜8割を保てるが、
脚力は約半分程度に落ちてしまうのだそうな。

太気に限らず、足腰の強さというのは生きてゆく上で非常に大事な要素だ。

私の祖父は4年前に92歳で亡くなったのだが、その年代では珍しく19歳で車の免許を取った。
そのせいか、若年時からちょっと出かけるのでも車を利用していた。

年をとってもハンドルは放さず、おかげで日常生活で足腰を鍛える機会を失い、最後の2年ほどは寝たきりとなった。
内臓が異常に丈夫だった人だから、足腰さえ鍛えていれば、確実に百歳を迎えただろうといまだに悔やまれる。

太気拳に話を戻すと、先生、先日の祝賀会での“殿”の「八十代同士で組手を」発言も引合いに出し、
生涯現役でいる為には足腰鍛えねばならん!と一席。

というわけで、みんなで先生が紹介してくれた足腰のトレーニングと独立椿(片足禅)を。

生涯現役の話が出た勢いで、
「これからうちのお弟子さんは還暦になったら、記念に全員私と組手をやりましょう」
とありがたいお言葉。ハルカゼは今38歳。
還暦まであと20年以上あるけれど、その日の為に心新たに稽古に励む所存だ。

無事還暦を迎えたら、高木先生を小山にお招きして、
至誠塾小山支部の弟子全員の前で最高の模範試合を見せてあげられるようにする、というのが今の夢。

21年後の熟成を目指して、今から仕込みだ!

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4月15日(日) マイアミ支部開設記    by ボン

さて、いよいよ念願のマイアミ支部開設の日がやって参りました。

とはいえ、新設の山形支部や栃木支部と違い、
本当に1人だけでの開設であり、普段の週末練習と何ら変わりません。

が、1つだけ違う点があります。
タダでさえ敷地内のゴルフコースの脇で妙なことをしている為、普段は遠慮してジャージで練習してましたが、
晴れの日の今日はほぼ4ヶ月振りに、ボンの太気正統スタイルである空手着の下を着用しての練習にしました。

うーん、やっぱり着慣れたこれ、しっくりきます。
やはり今後はこれにしよう。

柔軟の後で立禅。
昨年の合宿で嘉道先生の言われた「人」を注意し、
出来るだけ澤井先生のイメージに近づけて禅を組む。
ボンが現在注意している点は、形の良さと力みの撲滅です。
意識してリラックスしていても意念を使うと力み、気を抜くとまたあちこち力む。

王郷斉先生や澤井先生のように無我の境地に入った立禅となると、
どこも力まないで、しかも全てが充実していたのでしょう。
そうなると立禅が気持ちよくて仕方が無かったでしょうし、気の貯まる度合いが凡人とは桁違いだったのでしょう。

でもまあ、凡人があんまり細かくやってもしょうがないので、
時には忘れてゆったりと佇んでます。気楽に気楽に♪

立禅をやると体重に関係なく、動きが軽やかになります。
が、これは初歩、目先の話であって、本当の目的は気を練り貯めることです。
その先には見果てぬ「気の境地」が開けているんですから、1人だからって易きに流れてる場合じゃない。

仕事を理由にモタモタしてた時期もありましたが、
1人だけに気を引き締めて練習せねば、
と想いを新たにした支部開設練習でした。

塾生の皆さん、万が一にもマイアミへお越しの際には、ボンにご一報をば。
ロハで自宅にお泊めできますし、観光案内もお任せ下さい。

<追記>
本名は支部案内で明らかになっていますが、
福島支部長命名の「ボン」が気に入っていますので、日誌はこのままで通させて戴きます。

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4月15日(日) 七段昇段祝賀会 その2 万感の思い    by ハルカゼ

御免状を始めとする数々の記念品を前に会場が盛り上がる中、突然Uさんに呼ばれる。
小山支部開設の認定証代わりに、なんとこれまた佐藤先生直筆の掛軸が下賜されるという。

このおめでたい席で、予期せぬビッグサプライズ!一言抱負を語るように、と促されて前へ出る。
言葉が浮かばない。
入塾当初のエピソードと先生の指導への感謝、そして抱負を述べる。

掛軸は和紙に「太氣拳 至誠塾」と大書されている。
身に余る光栄、一生の宝であります!綺麗に表装して家宝にするのだ。うしししし。

その後しばらくして塾生を代表して“殿”ことUSさんの祝辞。
こちらは小生の拙い挨拶と違って、まことに堂々たるもの。ナイスミドルの貫禄だ。

何と言っても感じ入ったのは「私は三週間後には57歳になりますが、一つの夢があります。
それは、これからも修練を積んで行って、八十代になったとき、同じく八十代になった高木先生と組手をすることです」という下り。

これはUSさんにしか言えない台詞です。

その際には立会人として、九十代になった佐藤先生と岩間先生にお越し願いましょう!
是が非でも、栃木から駆けつけますぜ!

そして最後に高木先生によるご挨拶。

空手をやっていた頃に、オランダでカレンバッチ先生から
日本の澤井先生の存在を教えていただき太気至誠拳法の修行を始めた頃の事。

澤井先生に出会った時、
「中国では師が弟子に免状を渡すときは三日三晩夜し飲んでお祝いするんだ。だから高木君の時はね、お祝いをね、盛大にするよ」
と聞かされていたのに、練士免状を頂いた当日は澤井先生は風邪を引かれていて、
「高木君、ハイこれ・・・」と渡されただけだったことなど、時に感慨に言葉を詰まらせながらも、語られた。

「・・・その時の残念だった想いがありましたので、
本日大安の佳き日に、こうして皆様に暖かいお祝いを行って頂けて、感無量です。
これからも、来るべき【太気拳30万人時代】に向けて至誠塾の座右の銘の通り、
【不真面目】【適当】【いい加減】に日々修行を続けて行くことを皆様の前でお約束して、
私のお礼の言葉とさせて頂きます」

会場は大拍手に包まれ、改めて皆でこの佳き日を祝い、
不肖・ハルカゼが関東一本締めで、中締めの唱和をさせて頂いた。

本当に、本当に素晴らしい祝賀会となった。
皆が心より先生の歩んで来られた道のりに思いを馳せ、万感の想いが胸に去来したことと思う。

このような素晴らしい会に出席できて、心より幸せを噛み締めている。

高木先生、このたびは本当におめでとう御座いました。
我々も師匠の名に恥じぬよう、「不真面目・適当・いい加減」で稽古に励む所存です。

今後ともよろしくご指導下さい。

・・・この後は二次会・三次会が開かれ、
恋多き中年・S先輩の秘話が暴露されたり、
アイドル珍念さんが記憶をなくしりしたのは割愛させて頂こう。

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4月15日(日) 七段昇段祝賀会 その1 「祝いには花を」    by ハルカゼ

祭りの日はいつも目覚めが良い。
今日は、待ちに待った高木塾長の教士号允可の祝賀会。

ホテルの窓から見た空模様は、まずまずである。
いわば、「晴れを予感させる曇り」と言ったところか。

会場に祝電や記念品などを持ち込むという大任を背負っているので、
出発前にもう一度、マイカーに積み込む荷物の確認をする。

車の流れも順調で、一足先に会場へ到着。
ロビーで珈琲を飲んで待っていると教授ことEさんがやって来たので、挨拶を交わしてしばし談笑。

時間が近づくにつれ、他の塾生の姿も目に付き始める。
勘定を済ませ、先生や塾生の皆さんと挨拶を交わして部屋に入る。

大番頭のUさん(後目録)の司会で、いよいよ祝賀会の開演だ。
乾杯の発声は黒帯会会長の練士・Yさん。

しばしの歓談の後、祝電披露、
後目録のTさんによる思い出話と祝辞のあと、教士号の免状の披露と進む。

今回の免状もモチロン、あの佐藤嘉道先生による直筆。
文言・体裁・風格と、どれをとっても最高の免状である。

こんなスゴイ免状を拝見したのは、
昨年の合宿で出された練士免状と、今回の教士号の免状だけだ。

 

 

 

 

 

続いて佐藤先生より高木先生に贈られた木剣の披露。
何でもこれは、嘉道先生が山に篭って作られたもので、
一週間篭ってたった三本だけ出来たもののうちの一本だとか。

木剣の刀身に金泥(きんでい)で般若心経を書き込んであり、
それゆえに人に向ける物ではないということで、切先を落とした“鞘仕立て”となっている。

 

 

 

 

そして引き出物として“太気拳”と染め抜いた手拭が披露される。
これもまた、佐藤先生の書を結城紬ろうけつ染めで仕上げた記念に残る素晴らしい一品。

数々の祝電、免状、木剣、手拭、そして勿論万障繰り合わせて参加頂いた多数の塾生諸氏が、
このおめでたいお祝いの席に花を添えてくれた。

やはりおめでたい席には、花を添えるのが相応しい。

(つづく)

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4月14日(土) マイアミ支部開設前夜    by ボン

お久しぶりです。
マイアミ支部開設に伴い、恐れ多くも支部長の肩書きを賜ったボンです。
太気の同士が居る訳もない米国フロリダ州はマイアミの地に赴任して早半年弱。
高木先生の七段教士祝賀会に合わせて支部開設とさせて戴く運びとなりましたので、
今後宜しくお願い申し上げます。

前日の夜(日本からは13時間遅れ)に祝賀会開始時間に合わせて屋外で夜の練習、
終わって部屋に戻る際、ついでに足場の良い駐車場で早い腕回し練りをやってると、
190CM近くある若い黒人の警備員にライトで照らされ、「そりゃ一体何なんだ?」と質問を受けてしまう。

マイアミ支部の前途は多難なのか?
いや、そこで太気拳について説明したら非常に理解のあるヤツで、最後は握手をして別れた。
記念すべき練習の後に、外人に太気拳の一端を説いたのだから、寧ろ慶事と考えるべき。
幸先が良いかも♪

とはいえ、深夜の駐車場で全速力でバックの腕回し練りをやってる東洋人。
かなりレベルの高い不審人物ですね。

翌日に続く

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4月14日(土) 祭り前夜    by ハルカゼ

本日は第二週なのに高木先生の指導。
何となれば、明日は高木塾長の七段位允許(いんきょ)を祝う祝賀会が都内で催されるからである。

題目は立禅の土台の据え方とそこから展開して劈法(ピーファー)及び炮拳(ほうけん)の身法。

同じ題材で何回も指導を聞いているのだが、聞く度に新たに気付きがあり、課題が与えられる。
太気拳のシンプルに見える動きの中に、如何に様々な要素が織り込まれているか、という証左である。

そのシンプルな稽古の中から千変万化の動きが紡ぎ出されるのは、
立禅等の稽古がヒトの動きの本質にせまるモノであるからであろう。

動きの説明で、時に爆発的に探手の動きに入る先生。
静から動へ移る、その瞬間の動きは、もう、何とも言えないものがある。

さて、そんな密度の濃い指導の合間に、明日の祝賀会に関することに話題が飛ぶのだが、
先生も“チラリズム”を繰り返して明日への含みを持たす。

まぁ、明日のお楽しみ、ということで良いではありませんか。

稽古後は進行役のUさんを中心に、数名で祝賀会の段取りや終了後の花見の打ち合わせを行い、
搬入係のワシは前泊で都内のホテルへと引き上げた。

準備万端。明日を待つだけだぜ!

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4月7日(土) 時の積み重ね    by ハルカゼ

歳月は矢のごとく過ぎてゆく。
それは無情ではあるが、その過ぎ行く時の中で生命の炎を燃やした者には、
有形無形の宝物を授けてくれる事がある。

このたび至誠塾に三人の後目録が誕生した。
いずれもキャリア10年以上の古参塾生だ。

まず鍼の先生でそのまんま関西人のF氏、20代にして管理職の貫禄をもつT氏、
そして前回は免状を持ち帰らなかったY氏がそれぞれ先生より免状を授与され、所信表明を行う。

一口に十年と言っても、その間、それこそ色々なことや想いがあった事だろう。
しかし、それも全て地道な「今」の積み重ねである。

それは続けてきた人間にしか分からないことであり、
ご本人達も歩いてきた道を振り返って、改めてその時と想いの蓄積に驚いていることだろう。

高木先生は彼らの2倍・3倍の年月を太気とともに過ごされた、ということになるのだが、
これはそれだけの期間心技体を熟成させて来られたという事に他ならない。

我々は、先生がその間に得た宝物(=心技体)に常に触れさせて頂いている、
ということをしっかり認識せねばならない。
これを痛感させてくれる出来事があった。

それは、自宅に帰る道すがら、稽古風景を収めたデジカメの再生した時である。
先生の“揺”をたまたま2枚連写していたのだが、2枚の写真を連続再生した時、その躍動感にしばし言葉を失った。

残念ながら、
この一枚だけではその素晴らしさの10分の1も伝える事は出来ない。
並べてアップしても無理だ。
たった二コマだが連続再生してこそそれが堪能できる。

 

 

よって、ワシだけ堪能させていただいた。皆さん、スマン!

でも、それだってライブで見る動きに較べたならば、足元にも及ばんのですよ。
ってなわけで、稽古には出来るだけ出席いたしましょう!

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4月1日(日) 小山支部初稽古!    by ハルカゼ

今日平成19年4月1日は、私ハルカゼにとって記念すべき日となった。
それは・・・、以前よりHP上にてお知らせさせて頂いていた、至誠塾栃木県小山支部発足である。

昨日の晩は、大阪支部の破戒僧こと性海さんと駅前の居酒屋で稽古談義が弾み、
二時過ぎの帰宅となったが、気合は十分。
起床後、性海さんと朝稽古をして会場へ。

会場である栃木県立県南体育館へ向かう途中で携帯電話が。
館長から。今日の初稽古参加のために剛力王Mさんの愛車で栃木まで来てくれている。
なんと、すでに会場に着いたとか。

慌てず急いで会場へ。館長、カトチャン、武蔵、Mさんと挨拶。
そうこうしているうちに近県在住のKさんも到着。

剣道場で皆さんに改めてご挨拶。拍手に開設祝いのお土産、お花まで頂く。
皆さんホントにありがとう!精一杯頑張らせていただきます。

準備運動の後、立禅・揺(定歩)をおこなった後、
活歩での試力、体重移動・歩法・打拳と間に解説をはさみ、一気に一時間半。

小休止の後、掌打合わせ・前腕での当て、そして推手と相対練習を。
最後に這をやり始めたところで、会場の係り方より時間経過のお知らせ。

這が短めだったが大体予定の二時間で収まった。
集まった方は中級者以上なので、「釈迦に説法」的な説明も多かったが、
今後の未経験者向けの解説の練習と言うことで、ご勘弁を。

今回はHPへの掲載と並行して
私と家内のブログ上でも宣伝させて頂いていたのだが、
一般向けの媒体での宣伝を一切行っていなかったこともあり、
外部稽古生はナシ。

至誠塾のHPや小生のブログをご覧になって、
太気について感じだけでも掴んで下さった方からの問合せを待とう、と考えているのだが、
並行して一般世間の耳目に触れるよう考えてみようとも思っている。

肝心なのはこれから。
先ず、拳法の実力を含めた自分の内実を充実させてゆけば自然と結果はついて来るだろう。

今日は皆さんに花を持たせていただきました。
本当に色々な人によって、自分が支えられているということを、改めて感じました。

本当に有難うございました!!今後ともよろしくお願いいたします。

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